命日や記念日が近づくと苦しくなる方へ|その日をどう過ごしても大丈夫

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節目の日が近づくと、気持ちが大きく揺れることがあります

ペットちゃんを見送ってから時間がたっても、命日や誕生日、うちの子記念日、四十九日や一周忌などの節目が近づくと、気持ちが大きく揺れることがあります。

普段はなんとか過ごせていても、その日が近づくと急に落ち着かなくなる。会いたい気持ちが強くなる。涙が出やすくなる。「またこの日が来てしまった」と感じて苦しくなる。そうした変化は、とても自然なものです。

記念日は、その子との時間を濃く思い出させます

記念日は、日付そのものに意味があるだけでなく、その子との時間を一気に思い出させる力があります。迎えた日のこと。元気に過ごしていた頃のこと。最後の日のこと。その子にまつわる記憶が、いつも以上に濃く心に浮かんできます。

中には、「節目なのだから、きちんと何かしてあげなければ」と感じる方もいます。お花を用意した方がいいのか。特別な供養をした方がいいのか。いつもよりちゃんと過ごさなければいけないのか。そう考えて、かえって気持ちが重くなってしまうこともあります。

その日をどう過ごすかに、決まりはありません

けれど、その日をどう過ごすかに決まりはありません。大切なのは、形式を整えることより、その子を想う気持ちです。

たとえば、お花を飾る。
好きだったごはんやおやつを供える。
写真を見ながら思い出を話す。
静かに手を合わせる。
ただ心の中で「ありがとう」と伝える。

そのどれもが、その子を大切に思う時間になります。

何もできない年があっても大丈夫です

反対に、あまりにもつらくて何もできない年があっても大丈夫です。命日だからといって、必ず立派に過ごさなければいけないわけではありません。気持ちが苦しすぎるなら、無理に頑張らなくてよいのです。少しだけ写真を見るだけでもいいですし、名前を呼ぶだけでも十分です。

家族の中でも、感じ方が違っていて大丈夫です

また、家族の中でも、節目の感じ方は違うことがあります。静かに過ごしたい方もいれば、思い出話をたくさんしたい方もいます。何かをしてあげたい方もいれば、あえて普段通りに過ごしたい方もいます。どちらが正しいということではなく、それぞれの想い方があるだけです。

もし家族の間で違いがあっても、「そんなふうに思うんだね」と受け止め合えたら十分です。

苦しくなるのは、今も大切につながっているからです

記念日が近づくと苦しくなるのは、まだ悲しみが残っているからだけではありません。その子とのつながりが今も大切だからです。忘れていないからこそ、その日が特別に感じられるのです。そう思うと、苦しさの中にも少しだけやわらかい意味が見えてくることがあります。

そして、何年たっても節目に涙が出ることがあります。「もうこんなに時間がたったのに」と戸惑う必要はありません。年数がたったから気持ちが消えるわけではなく、思い出し方が変わっていくだけです。会いたい気持ちは、ずっと残ることがあります。それは悲しいことでもあり、同時に、大切に思い続けている証でもあります。

その気持ちのまま、その日を迎えて大丈夫です

その日をどう過ごしても大丈夫です。きちんと何かをしなくても、気持ちがそこにあれば十分です。泣いてもいいですし、思い出して笑ってもいいです。家族で話しても、一人で静かに過ごしてもかまいません。

命日や記念日は、悲しみだけの日ではなく、その子と過ごした大切な時間をあらためて胸に置く日でもあります。つらさがあって当然です。会いたくなって当然です。その気持ちのまま、その日を迎えて大丈夫です。

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